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ディレクターズ・ノート 002
空を見上げる 2002/04/01

競馬場を訪れるたびに、十勝の空の広さ、高さに驚く。「十勝晴れ」という言葉があるそうだが、競馬場の真ん中あたり、馬たちが練習に使う広大な野原は、特に視界を遮るものもなく、晴れた日は、抜けるような青空が頭上いっぱいに広がる。
雲があるときも美しい。ゆっくりと流れる、まばゆいほどに白く輝く夏雲に見とれた。あるいは、刻々と色を変える秋の夕暮れに我を忘れる。子供のころから、空を見上げて、雲を追うのが大好きだった。今、競馬場にたたずみ、奇妙に懐かしい感覚に襲われる。寝転んで、このままずっと空を見ていたい。

去年の8月の終わりのことだったが、競馬場で、蔡國強が意味深長なことを言う。「欧米で作品を発表するときは、いやでも社会のことを考えます。でも日本に帰ってくると、なぜだか宇宙のことを考える…」。
そういえば、十勝は日本でも、宇宙に近い場所だ。私はジョディ・フォスター主演の映画しか見ていないが、カール・セイガンのSF作品、『コンタクト』では、地球外知的生命とのコンタクト用装置が十勝に設置されていて、それが重要な役割を果たしていた。
そして実際、大樹町は国の「成層圏プラットフォーム」プロジェクトの試験地のひとつであり、将来の宇宙基地も構想されている。安定した天候と広大な空間が、宇宙開発の実験場として優れているのだ。

『デメーテル』では、いくつもの奇妙な一致が続いている。オノ・ヨーコからは、昔発表した、空に関する作品の、現在版をつくってみたいと要望が来た。マルコ・カサグランデとサミ・リンターラは、帯広で私に会うなり、帯広の空の色と、自分たちが住むヘルシンキの空の色がそっくりだと言う。そして続けて、そういえば北海道とフィンランドの間には「ひとつの国」しかないんだねと、わけのわからないことを言い出して、そこから、ユーラシア大陸を車で横断し、ある種の採集の旅を実行するという、彼らの突拍子もない、しかしきわめて魅力的な作品アイデアが生まれていった。みんなが、空に動かされているようだった。

そう、そうなんだ。空を見上げること。空を見上げることが、今、ほんとうに求められている。とりわけ、2001年9月11日以降、私は繰返し繰り返し、強くそう感じる。アーティストたちと空の話をしたのは、すべて9月11日以前のことだったが、彼らのアンテナが、なにかをキャッチしていた可能性もある。空を見上げ、自分たちがなにをしてきたのか、なにをしているのか、そして、なにをしようとしているのか、深く自問すべきときが来ているのだと私は思う。

ジョン・レノンは歌っていた。

想ってごらん。
天国なんてないんだと…。
やってみれば簡単さ。
ぼくらの下に地獄はないし、
頭の上には、空があるだけ。
みんなが今日のために生きていると、想ってごらん。
(ジョン・レノン 『イマジン』)

今、見上げるべき空は、このジョンの空だ。
『デメーテル』を、空を見上げるための装置にしたいと、ひそかに願う。
(芹沢高志)